血管・動脈硬化

オリーブ成分の血管及び血圧への効果

筑波大学 生命環境系 宮崎  均 教授

オリーブポリフェノールは、血管への健康にも寄与し、人々の血管のアンチエイジングへの期待が高まります。筑波大学の宮崎教授のヒドロキシチロソールに関する研究を御紹介します。

地中海に面したヨーロッパ諸国における虚血性心疾患(心筋梗塞など)による死因が、他のヨーロッパ諸国と比較して低いことが知られています。この理由として、オリーブや赤ワインの食文化が注目されています。オリーブオイルには、ヒドロキシチロソールに代表されるフェノール化合物と呼ばれる抗酸化物質が存在し、その機能性が重視されています。この化合物はメタボリック症候群発症の予防・改善効果だけでなく、美白効果を持つことから化粧品にも添加されています。
また、知名度は高くありませんが、オレウロペインと呼ばれるフェノール化合物もオリーブ葉には驚くほど高濃度で(品種により異なりますが、乾燥重量で5−20%)含まれます。オリーブ果実では、最初オレウロペイン含量が高く成熟するにつれヒドロキシチロソール含量が増加します。ヒドロキシチロソールはオレウロペインの代謝産物です。ここでは、両化合物の血管系への有用作用について紹介します。

1.ヒドロキシチロソールの血管保護効果

肥満、高血圧、高血糖、脂質異常などのメタボリック症候群はやがて動脈硬化症に至ります。動脈は3層構造を持ち、血流に接する一番内側の層は内膜と呼ばれ一層の内皮細胞から構成されます。この内膜が酸化ストレスや高血圧などの物理的ストレスにより障害を受けることが、動脈硬化の発症・進展と密接に関わります。従って、内膜の障害に繋がる内皮細胞の細胞死を抑制する化合物、あるいは障害を受けた内膜の治癒に繋がる内皮細胞の増殖を促進する化合物は、動脈硬化の発症・進展を負に制御できると考えられます。この視点から、我々はヒドロキシチロソールの効果を、ヒト血管と類似していると言われるブタ血管の内皮細胞の培養系を用いて検討しました。

1-1. ヒドロキシチロソールは血管内皮細胞を酸化ストレスから保護する

図1にて、培地に酸化ストレスとして過酸化水素を添加すると、24時間後の細胞生存率は大きく低下します。ところが、細胞を予め24時間ヒドロキシチロソールで処理し、培地交換後に過酸化水素を添加し更に24時間培養したところ、培地中にヒドロキシチロソールが存在しないにも関わらず細胞生存率は改善されました。この結果は、ヒドロキシチロソールが内皮細胞に対して酸化ストレス耐性を付与したことを意味します。

図1

図1 ヒドロキシチロソールは内皮細胞に酸化ストレス耐性を付与する

また、この効果は抗酸化酵素であるカタラーゼやヘムオキシゲナーゼ-1(HO-1)の阻害剤で有意に阻害されました。つまり、ヒドロキシチロソールによる保護効果はこれら抗酸化酵素を介していることが分ります。実際、ヒドロキシチロソールは内皮細胞でこれら抗酸化酵素の発現を上昇させました。

図2

図2 ヒドロキシチロソールは時間依存的にカタラーゼ及び
ヘムオキシゲナーゼ−1(HO-1)のタンパク量を増加させる

1-2. ヒドロキシチロソールは血管内皮細胞の創傷治癒を促進する

図3に示すように、ヒドロキシチロソールは内皮細胞の創傷治癒を促進し、その作用は一酸化窒素(NO)合成酵素の阻害剤で抑制されました。NOは内皮細胞の増殖に重要なガス状因子として知られ、ヒドロキシチロソールはNO産生を介して内皮細胞を増殖させることで治癒を促進したと考えられます。面白いことに、ヒドロキシチロソールの前駆体と言えるオレウロペインは、試験管内ではヒドロキシチロソールと同等の活性酸素の消去能を有するものの、内皮細胞に対し酸化ストレス耐性効果も創傷治癒促進効果も示しませんでした。

図3

図3 ヒドロキシチロソールは一酸化窒素産生を通して
内皮細胞の創傷治癒を促進する

2.オレウロペインは降圧作用を持つ

NOガスは内皮由来血管弛緩因子として知られる。血管弛緩は降圧に繋がります。図4は、自然発症高血圧ラット(SHR)に毎日オレウロペインを体重1kg当たり5 mgあるいは15 mgを4週間にわたり経口投与した時の血圧の結果です。正常ラット(WKY)に比べ、SHRでは収縮期血圧も拡張期血圧も明らかな高値を示しました。これに対し、オレウロペイン投与群では、いずれの投与量でも有意な血圧低下が観察されました。上述したように、ヒドロキシチロソールはオレウロペインの代謝物です。恐らく摂取されたオレウロペインが体内でヒドロキシチロソールに変換され、内皮細胞からNOを産生した結果、降圧効果を示したものと思われます。

図4

図4 オレウロペインは自然発症高血圧ラット(SHR)の血圧を低下させる

今回はオリーブ成分の血管及び血圧への効果を紹介しましたが、心血管系に関わる疾病のみならず神経系への作用も報告されています。また、我々のラットを用いたデータでは、酸化ストレスによる排卵数減少が体重1kg当たり僅か1.5 mgのオレウロペインの投与でほぼ完全に改善されます。酸化ストレスが絡む心血管系、神経系、生殖系の幅広い疾患の予防・改善に、ヒドロキシチロソール及びオレウロペインは効果がありそうです。

筑波大学 生命環境系 教授 宮崎均 氏 プロフィール

血圧を調節する遺伝子の研究に長年従事し、1980年代半ばに、高血圧の黒幕と言われたレニン遺伝子の構造解析に世界に先駆け成功した。その後、動脈硬化の発症・進展に関する研究を続けていたが、9年前に食機能探査科学という研究分野を立ち上げた。現在、食べ物に含まれる健康成分に着目し、人と家畜を対象に、食による健康向上と疾病予防、さらにストレスによる生殖能力低下の改善の研究に取り組んでいる。

略歴

1985年 3月  :
筑波大学大学院農学研究科博士課程応用生物化学専攻修了(農学博士)
1985年 11月 :
筑波大学遺伝子実験センター・講師
1993年 7月  :
同上・助教授
2005年 10月 :
筑波大学北アフリカ研究センター・教授
2011年 4月  :
筑波大学生命環境系・教授

受賞

1985年 :
井上学術奨励賞、ヒトレニン遺伝子の単離と性質決定、井上科学振興財団
1995年 :
つくば賞(共同受賞:村上和雄、宮崎均、深水昭吉、谷本啓司、八神健一、杉山文博)、
つくば高血圧マウスとつくば低血圧マウスの創 作とその解析、茨城県科学技術振興財団
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